無雙直傳英信流という流儀は、師伝により想定、理合、技法に違いがあり、伝承系統により同じ業でも形(かた)に相違があります。
師伝による形の相違については以前から述べているように、先師より皆傳を享けず見様見真似の系統は別として、連綿と道統を繋いでいる系統であれば、どれが正しくどれが偽物というものではないという持論です。
ただし武道としての居合道は形の事理一致を求め稽古することにより心身の修行とするもので、形自体がぶれては修行にならないため、道場ごとでは揺るぎない基準が必要です。
当会で掟業として教授している業は、大江正路師系統の第二十一代福井聖山師伝の系譜になりますが、福井聖山師直門で当会佐藤会長と不肖伊藤の師、清田泰山師による伝承となります。
掟業の形とは師より受け継いだ道としての依代であり、違師伝や他流に影響されず伝承すべき基準です。
師伝の想定、理合、技法を正しく継承した業こそ「居合道」としての正しい形であり、違師伝の何処が無雙直傳英信流「居合道」の正統で、何処は居合道として傍系、というものではありません。
但し想定と理合を伝承していない形は踊りと同じで、道ではあっても居合の道たりえないと考えます。
この認識を踏まえたうえでの各論ですが、当流では、本来替業であったであろう技法が師伝によっては正業として伝承されたことで、相違が生まれた違師伝業が散見されます。
実際、当会の掟業にも江戸時代の業手付とは変化した形がいくつかあり、逆に違師伝の道場では当会の伝承には無い、江戸時代の手付に近い形で伝承している系統も多くあります。
武術としては掟業以外の想定や技法も臨機応変に遣えて当然であり、またどのような武術と対峙しても対応できるよう、「砕き」として違師伝や他流の技法を知ることは有意義であると考えます。
他流でよくみられる用語ですが、掟業の応用や想定違いの替業を砕きといいます。
本稿では当会掟業の想定・理合・技法、清田泰山師口傳の備忘、古傳の手付から武術としての考察、砕きとしての応用、違師伝技法について考えていきたいと思います。
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