居合膝、居合腰について

当流の用語で「居合膝」、「居合腰」というものがあります。

「居合膝」については所謂「立膝」、右膝を立て左足を床に寝かし、左足裏に尻を乗せた半胡座の姿勢を指します。
これは個人的に戦国時代の坐し方が由来ではないかと考えています。
まだ畳の普及していない時代、板間に坐す時は胡坐、臨機応変の要があれば半胡座であったと考えられています。
また、当流の古傳書「神傳流秘書」で、居合の後に記されている夏原流和(やわら)の古具足(具足を着装した状態での和、戦場想定)の項には、「古具足 両方足を爪立左の膝を付き右之膝を浮けて折る 八文字に坐す」とあり、爪先立っている以外は現在の居合膝と同じです。

一方「居合腰」について、我が師からは正坐之部の血振いの姿勢、両踵を軽くつけハの字に開き、膝の間に拳一つほどの間隔を空け、膝を軽く曲げ腰を落とした姿勢を居合腰として教わりました。
しかし、各業の終わりに少し腰を落とした姿勢で開始位置へ戻り、背を伸ばし直立に戻ることを「居合腰を解く」とも云い、広義としては腰を落とした姿勢を差しているようです。
この「腰を落とした姿勢」についての理合は教示されたことがありませんでした。

当流においては「膝を撓め、軽く曲げて腰を落とした姿勢」が技法としての教義になりますが、本稿ではこれが武術的にどのような効用を期して行っているものかを考察します。

当流の教義としては膝を開く間隔や腰の高さなど、師傳により多少の差があるものの、概要は膝を蟹股に曲げて屈んだ姿勢で指導されています。
当会では先述の師傳のほか、血振いした居合腰の高さはそのあとの動作で引き足をした時の高さ、さらに引き足の幅はそのあと膝を着いた時に前の脛と後ろの太腿が床に対し垂直になる幅、としています。
これにより血振いから引き足まで、腰の高さ、重心の高さが上下しない体捌きとなります。
但し、この姿勢ありきで意識的に筋力を使いこの姿勢を取るのは本末転倒であり、武術的に効能のある身体操作の結果、この姿勢に落ち着くのが本来です。
武術において腰を落とした姿勢とは静中動、予備動作を消す為に全身を撓めた(弛めた)状態であり、全方位へ対応する際に己が重心をぶれさせない体勢と考えます。

静中動の状態とは、予備動作なしで全方位に対応出来る懸待表裏であり、これは所謂「不安定の安定」状態と考えます。
例えば直方体の積み木を、二つ垂直に重ねて積んだ状態は、接している面と面、面と床で垂直に掛かる重量を安定して支えています。
これを横から押して崩そうとすると、垂直に掛かる重量のエネルギーを超える力が必要となります。
しかし最初から不安定なバランスにしておく、例えば面ではなく角の頂点でバランスを取った状態で、うまく重心を揃えて積み重ねた場合、ほんの少しの力でバランスを崩すことが出来ます。
人体に当てはめると、膝を真直ぐ立てて腰、胴、頭の重さが真上に乗っている時は、積み木を面で積み上げ、垂直の重量で押さえられて安定した状態です。
この「垂直の安定」状態では、胴は太腿、脛の骨と垂直に乗って安定しており、筋肉を使っていません。
膝関節は垂直に胴の重量で押さえられているので、後ろから膝裏を押すと垂直に乗っている重量の抵抗があり、安定が崩れると上に乗っている重量を膝が支えられず、糸が切れた操り人形のように膝が折れます。
この糸が切れる瞬間の動きも武術的技法のひとつですが、別稿に譲ります。
垂直の安定にある状態から自発的に動く場合でも、まず筋肉で安定を壊す予備動作と、動くまでの時差が生じます。
対して、初めから腰、股、膝を不安定の安定に置いている場合、重心を動かせば予備動作無しで動くことが出来ます。
全関節の「垂直の安定」を弛し、静かに立っている時、傍目には同じように立っているだけに見えても、不安定の安定にあります。

重要なのは、この「不安定の安定」を姿勢ありきで意識して行うと、筋肉の緊張即ち居付きにつながる事です。
安定したバランスにある時と違い、不安定の安定は全身が少しずつ力を合わせて、一点に重心を集めるようバランスを取っていますが、各筋肉は無意識に分担して仕事をしています。
これを姿勢ありきで行うと、全身ではなく該当部位の筋肉のみがその仕事をしてしまい、必要以上の緊張となり結果、居付きにつながり、逆に早さ(速さではない)の邪魔をします。

とはいえ、正しい業は正しい形から学べるとも云えます。
結果としての姿勢を繰り返し稽古し、無駄な力を使わず無意識にその姿勢が取れるまでになれば、同じ効用が得られる可能性があるため、当会ではまず形ありきで指導します。

当会の形に戻ると、血振いの居合腰は進退の際に重心が無駄にぶれない高さであり、膝の割りは腰椎、仙骨の要へ体幹を集中させる技術に由来するものかもしれません。
膝を割り仙骨を締める理合は流派を問わず普遍的に伝承されており、有名な処では新陰流の「えまし」、意拳(太気拳)の「站椿功(立禅)」八極拳の「馬歩」、空手の「三戦」なども、方法は違えど同じ効用を内包していると考えます。

また立姿に於ける居合腰とは単に膝を曲げて腰を下げるのではなく、足首、膝、股、脊椎、肩甲骨の各関節を弛め、全身を撓めた不安定の安定を維持した姿勢と考えます。
この姿勢を一見すると膝はほぼ曲げていませんが、居合腰を解く(安定の状態に変える)ことで、一寸ほど身長が伸びて見えます。

当会門人においては、稽古の際はただ形を追う踊りにせず、その所作の意味を考え、より業を味わうよう意識してください。

无拍